【中世西欧の始まり】

~頭の体操(整理)~
今年の年賀状に「歴史・経済・環境など頭の体操をしながら健康寿命の増進に努めております」と書いたが、「ハプスブルグ家の歴史」の整理ができず、今日まで来てしまった。今年に入り、「アベノミクスとは何か」「マイソーラー発電所建設」などほかのことに気を取られ、やっと中欧の歴史に戻ることができた。とりあえず高校レベルの教科書を中学レベルにまとめたもので、少しずつ進めたい。
まずは「ハプスブルグ家が神聖ローマ皇帝に選出される前の中世西欧の始まりの部分」である。
【中世西欧の始まり】
ヨーロッパの歴史は古典古代、中世、近代とすすむ。
古典古代にはローマ帝国が存在し、4世紀後半、ゲルマン人の侵入により混乱、東・西ローマ帝国に分裂する。西ローマ帝国はゲルマンの傭兵隊長オドアケルにより476年滅ばされた。その後、ゲルマンの諸王国が建国されたが大半は滅び、フランク王国が着実に発展した。
フランク王国はいち早く正当派キリスト教に改宗し、ローマ教会と協力してキリスト教世界を拡大した。フランクのカール大帝は武力で西欧の主要部を統一し、東ローマ帝国ビザンツ帝国)に対抗した。そこで教皇は800年カールに帝冠(写真左)を与え、西ローマ帝国の復興となった。しかし彼の没後紛争が起こり、帝国は3分割(写真右)、東フランクはドイツ、西フランクはフランス、中部フランクはイタリアなどの諸国家となり、主権国家の原点が成立した。
<写真:「Wikipedia」から引用>

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