読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

【プファルツ戦争(第一段階の最終戦)】

【プファルツ戦争(第一段階の最終戦)】
プファルツ選帝候フリードリッヒ5世は有力なプロテスタントであり、ボヘミア王に選定されたが、白山の戦いに敗れ「ひと冬のボヘミア王」とよばれた。お隣のザクセン選帝候もプロテスタントであったが、ルター派と言うことでカルバン派のフリードリッヒの勢力があまり大きくなることに警戒してカソリック側に付いた。
当時のオランダはスペイン領であり、スペイン・ハプスブルグ家はオーストリア・ハプスブルグ家を支援すべく、オランダへの通り道でもあるプファルツに侵攻し占領していた。
フリードリッヒは領地を取り戻すべく、傭兵隊長マンスフェルト、バーデン辺境伯ブラウンシュバイク公の3軍を組織し、バイエルン公軍・スペイン軍と1622年4月から戦いはじめ、いくつかの戦いを経て最終的には1623年8月6日の「シュタットローンの戦い」にて破れた。「ボヘミア(・プファルツ)戦争」はここに終結することになる。